あたーにーあっとろーとは?

  • Winny制作者金子勇氏
    こと博士の素顔があまりにも面白いので、弁護人である私の目から、事件を振り返ってつれづれなるままに書きつづってみる、壇弁護士の事務室のスピンアウトブログです。

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2006年10月21日 (土)

とにもかくにも

私が、まずしたことは、保釈までのスケジュール作りであった。

現在の裁判所は、「令状の自動販売機」とも呼ばれていて、警察・検察が請求すれば、まず、23日間の身柄拘束は避けられない。

保釈というのは起訴後にしか認められないので起訴日はおそらく勾留満期である5月31日。すると、その時点で保釈申立しても検察官は徹底抗戦するだろうから身柄が解放されるのは翌日6月1日になる。。

もっとも、当時の刑事事件で否認している者に保釈が認められるのはまれで、私たちが人質司法と呼んでいるところである。

しかし、難しいからといっても、

Winnyの全てを知っている人間を手元に置くことが、最大の武器になることは解っていた。

保釈無しに勝利はありえない。

だからこそ、6月1日をXデーと決めて、そこから逆算して、その他の手続のスケジュールを組んだのである。

ただ、

保釈が出なかったら、世間の動揺(動揺というより批判かもしれない)が大きいので、Xデーを一部の人だけにしか伝えてないところが、私の弱気なところであったりする。

ところで、23日間にしなくてはいけないことを書き出してみるととても多い。

覚えているだけをざーっと挙げるとこんな感じである。(思い出したら、足すかもしれない)勾留に対する準抗告申立書の作成、準抗告に関する裁判官との面談、勾留理由開示公判、勾留理由に関する求釈明書の作成、勾留理由開示請求についての意見書作成、勾留延長前の検察官との面談、勾留延長に対する準抗告、準抗告に関する裁判官との面談、特別抗告申立、起訴前に検察官に対する面談申入れ、検察官に対する意見書作成、保釈申立書作成、保釈に関する裁判官との面談。

しかも、これは、単に手続に関するものだけである。

被疑者を励ますためには1日2回くらい接見に行かねばならないし、今後の公判を見据えたとき、いろんな能力の弁護士が必要となってくる。

また、大きな事件では、逮捕と同時に、どこかからリークされたとしか思えないような、被疑者ネガティブ情報がマスコミに流れる。この事件もばっちりと流れていた。メディア戦でやられっぱなしも腹が立つので対策が必要である。

そして、なによりもまず、多くの情報を収集する必要があった。この時期は事案の概要がほとんど把握できていなかったのである。

「ダウンロード板?なんじゃそりゃ」である。

そこまで考えて手が止まった

「こんな事件1人や2人じゃできんわ」

と言うわけで、次にしたことは、弁護団を集めることと、接見のために弁護人の数制限超過の許可申請書の作成だったのである。

実は、私が、初めて博士に会うのは後日のことであった。

参考 刑事訴訟規則27条1項「被疑者の弁護人の数は、各被疑者について三人を超えることが出来ない。但し…裁判所が特別の事情があるものと認めて許可をした場合は、この限りではない。」

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