あたーにーあっとろーとは?

  • Winny制作者金子勇氏
    こと博士の素顔があまりにも面白いので、弁護人である私の目から、事件を振り返ってつれづれなるままに書きつづってみる、壇弁護士の事務室のスピンアウトブログです。

« とにもかくにも | トップページ | 協力?凶力? »

2006年11月27日 (月)

弁護団

弁護団は、弁護戦略から逆算されている。

この事件は、刑事弁護と著作権法とITとが複雑に入り組んだ事件である。

さらに、海外の判例・論文を検討できる人が必要である。

また、警察からリークされた博士のネガティブ情報を打ち破るメディア対応も必要である。

裁判所を説得するような法理論の構築も必要である。

やりたいことは山ほどあったのである。

ところで、刑事弁護と著作権法とサイバー法であるが、なんとか2つに詳しい弁護士はいるが、3つすべてにスペシャリストな弁護士はいない。

しかも、刑事弁護のスペシャリストはみんな過労死寸前の状況だし、関西にサイバー法に詳しい人は少なく、詳しくても訴訟の戦闘力に欠ける人が多い。

著作権法に詳しく刑事弁護をこなす人はサイバー法よりもさらに希有な存在である。

弁護団の結集は難航が予想されたが、予想よりも恵まれたメンバーに加入してもらえることができた。

大阪や京都の刑事弁護委員会所属のメンバーにより、弁護は竹槍からガトリングガンなみに進化した。

メルボルン事件に参加している弁護士や国際法律特許を構える弁護士に参加してもらえたことで、海外判例はおろか国内の法理論も理論武装できた。

ちなみに、メディア対応であるが、これが一番難しかった。

事務所の先輩で桂弁護士が、関西のテレビ局に出演していたので、これは幸いとばかりに団長をお願いしたのであるが、テレビ慣れしているはずの桂団長がカミカミで弁護側の弁論要旨の最後を締めくくっていたのはちょっとした笑い話である…。

 

弁護団が初めて弁護団のメンバーと顔合わせしたのは保釈後のことである。弁護団での会食の際、無罪獲得のために戦う弁護団に囲まれて博士は言った。

「私も無罪になったらうれしいんですが、私が有罪になって世の中が良くなるなら、それを最優先にしてください。遠慮無く有罪にしてもらって良いですから。」

それを聞いて博士の無罪の為に集まった弁護団は

「今、それを言うかぁ」

と皆沈黙であった。

ただ、こんな純真というか世間知らずの博士だからこそ、弁護団も弁護に駆り立てられているのかもしれない。

この弁護が博士という絶滅危惧品種の保存であるというのはある意味真実である。

ともかく、数多くの接見をこなし、証拠や法的検討を熱心にこなす戦闘力あるメンバーに恵まれたのが、今回の弁護活動の最大の幸運だったのだと思う。

 

弁護団の中には、諸般の事情で弁護団から脱退した者もいる。

武久秀浩弁護士はその一人である。

彼は、最初に博士に接見した人物で、弁護団の京都メンバーの集結に尽力し、精力的に捜査弁護活動をしていた。

残念なことに弁護団脱退後、私が彼に対面できたのは彼の告別式であった。

もし、この事件で勝利が得られたのであれば、そのいくらかは失われた若き才能によるものであることをここに標しておきたい。

« とにもかくにも | トップページ | 協力?凶力? »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/46914/12845760

この記事へのトラックバック一覧です: 弁護団:

« とにもかくにも | トップページ | 協力?凶力? »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31