あたーにーあっとろーとは?

  • Winny制作者金子勇氏
    こと博士の素顔があまりにも面白いので、弁護人である私の目から、事件を振り返ってつれづれなるままに書きつづってみる、壇弁護士の事務室のスピンアウトブログです。

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2009年10月10日 (土)

博士のごちそう

博士は、よく

「私は保守的ですから」

と言う。

ソフトウェアを作って刑事被告人になった者の発言として聞けばギャグとしか思えないが、こと食事の好みに関しては、博士はとても保守的である。

「現地人の食べるもの何でも食べるべし」がモットーの私とは大きく異なるところである。

博士のご飯3原則は、①辛くない、②熱くない、③食べにくくないである。

博士のお嫁さんになる人は、「おでん」と「肉じゃが」を交互に作ればOKかもしれない。

 

博士は、食べるのが面倒ということで、焼き魚はあまりお好きではない。

一度、打ち合わせの後の食事をした際に、旬ということで秋刀魚を頼んだことがある。

そのとき、博士は

「これいらない」

と言い出した。

「どうしてですか?」

「食べ方がわからない」

秋刀魚の食べ方にわかるもわからないも無いだろうよ?

とも思ったが、私は、正しい食べ方を教えることにした。

まず、秋刀魚の頭を外した。

次に、秋刀魚のしっぽを外した。

そして、頭としっぽのない秋刀魚に骨ごとガジガジと食らいついた。

そして、博士に言った。

「男は、骨ごと食う!」

その後、二人の食後の皿には、秋刀魚の頭としっぽだけが残されていた。

 

ところで、博士は、お酒は飲めない。この点アルコール燃料で動く私とは大きく違うところである。

その分と言っては何だが、博士は甘いものが大好きである。

甘ければなんでもOKの様子で、食べにくそうなケーキでも嬉々として食べている。

博士のご飯三原則の例外である。いや、甘い者はご飯じゃないのか。

博士の甘味への耽美はプログラムに対するそれ以上かもしれない。ほとんど昆虫である。

だから

「カナブン」

とまで呼ばれているのである。

一部の情報筋では、

博士の甘いものを食べる際の無邪気な姿は、女性の母性本能をくすぐりまくりのようである。

・・・・うらやましい。

 

さて、事の経緯は後々のタイトルで紹介するが、博士と私が参加しているドリームボート社の人を含め4人でイタリアンで食事をした際の事である。

食事も終わりデザート(ドルチェ)を持って店員がきた。

私は、もの欲しげな博士に、「要りますか?」と聞いたところ、大喜びである。

それを見ていた二人も、博士に「どうぞどうぞ」ということになった。

ということで、自分のも含め合計4人分のデザートを平らげた。

30歳をゆうに超えたおっさんが、

「甘いものは別腹でしょう!」

と言いながら。

 

さて、話は変わるが、ドリームボート創立2周年記念ということで、東京の屋形船でお祝いしたことがあった。

2周年記念を祝うケーキは博士が大好きなイチゴと生クリームのケーキである。

宴は、結婚式でもないのにケーキカットをしたり、もう悪のりである。

飲み過ぎて記憶をなくすもの、

男同士でキスするもの、

調子に乗って下ネタしかしゃべらなくなってしまったもの

(実は、これらは一人なのだが)。

 

宴もたけなわを迎えたところ、私は、ふと博士がいなくなったのに気づいた。博士の席においてあった箸もない。

 

博士は、他の席に行ったのか?

 

いや、いない。

 

船の中だけに気分でも悪くなったのか?

 

そんな様子も無かったけど…。

 

私は、船を見回した。

 

すると

 

 

そこには、箸を持って、端っこのテーブルにあるイチゴケーキを一人でむしゃむしゃ食べている博士がいた。

「箸ケーキ最高!」

と言いながら。

2009年10月 6日 (火)

ブログとメディアと

公判準備を進めていく中で問題になったのは、弁護側の情報をいかに正しく伝えて行くかである。

マスコミの報道は、警察のリークを嬉々として掲載しているものや、なんちゃってIT評論家の知ったような話しばかりである。

消費者事件などではホームページを作成したりすることもある。今回はネットを通じての支援が大きかったのであるから、支援者のためにHPを作るべきなのだろう。

しかし、私はとても面倒くさがりである。

どうしたらいいのやらと思って町村先生のブログを眺めていた。

町村先生は捜査時に弁護側の情報の広報でブログを使わせてもらっていた。

それを見ながらつぶやいた。

「仕方ない。自分でブログをつくるか…」

「壇弁護士の事務室」なんて名前はその場の思いつきである。とりあえず、作りながら考えれば良いかと思ってたら、ブログを公開したとたん結構なアクセス数が来た。

正直、こんなに注目されているとは思わなかったので焦った。

読者もいろいろである。コメント者もいろいろである。

中でも、現役検察官が博士を非難するコメントをしてきたのは驚いた。

私は、弁護人として応対しているのである。この人は検察庁を賭けて対峙していないではないか。

私は、そう感じた。

正直、怒りも感じた。ただ、その後、本人から謝罪の手紙を受けたのでそれ以上は言うべきではない。

 

その後、公判も数回を重ねた後、博士から

「こんなんあったんですけど」

と一通の封筒を渡された。

NHK京都支局の記者からの手紙が入っていた。(一部抜粋、個人名にかかる部分は一部変更)

 金子さま、突然お手紙で失礼します。NHK京都放送局の記者です。

 私は、NHKの記者として現在京都で司法の分野を担当しています。…

…結論から申しまして、公判の途中ですが、近々にNHKのインタビューに応じていただけないでしょうか。趣旨は初公判の後の会見で、私が質問した内容と全く同じです。インタビューにでていただき、金子さんの考えている「将来の著作権のあり方」について思う存分語っていただきたいと思うのです。…

 …現に裁判では、弁護側がいわば的外れな見解を繰り返している間に、検察側は着々と犯罪事実の立証に足る、最低限の条件をクリアしていっています。検察側と弁護側の争点が食い違っていますが、検察側が争点を弁護側に合わせようとしないことからも明らかです。検察側としては弁護側と争点がかみ合わなくても、むしろかみ合わず反論がない方が立証が容易だと考えているからに他なりません。…

・神は保身に走った…

 … 裁判は残念ながら、弁護団が躍起になって、金子さんの耳にタコができるほど吹き込んでいるような結果にはならないでしょう。「悪あがき」をすればするほどあなたの評価は下がる一方です。そして、あなたの描いた世界もきません。あるいは、その世界の到来まで我々は随分またなければなりません。ネットユーザの中には、47氏が著作権のあり方を変えてくれると期待していた人が多くいたはずです。保身のために、主張を覆す。それが、果たして「神」と呼ばれた人物のやるべきことでしょうか。…

…NHKのインタビューに応じて、その行動にいたった動機を正直に話せば、世間の納得は得られるはずです。仮に有罪判決になってもインタビューに出て世間に本音をさらしたことで執行猶予がつくのは間違いありません。逆に無罪を主張し続ける限り、減刑の余地はなく、実刑になる可能性も否定できません。その点から考えれば、インタビューに応じることはかえって金子さんにとって有益であると言えると思います。…

 …最後に度重なる無礼をお許し下さい。お返事お待ちしています

まぁ、要するに、弁護団の弁護は間違いだ、おまえは有罪だ、無罪の主張を続ければ実刑になる可能性もある。でもインタビューに応じれば執行猶予は間違いないということである。

天下のNHKがこれほど露骨な弁護妨害をしてくるとは思わなかった。

「神」がどうたらで、博士をマッドサイエンティストにしたがる者は今でも多数いるが、これでは、デスノートの「魅上」並の狂気ではないか。

しかも、この記者は、地裁判決後の記者会見で、何食わぬ顔で最前列に構えていた。

Winny事件の法廷の裏では、こんな戦いもあったのである。

ただ、このような手紙があっても、博士が信頼してくれていることがうれしかった。

 

 

時間限定 追記

アターニーアットローは、直訳すると「法律の代理人」です。

この事件や金子さんを弁護人である私の目から伝えるのが目的です。

この記事は特定のメディアを糾弾することが目的ではありません。

当時のメディアの論調は、おおむね警察報道を鵜呑みにして、金子氏をマッドサイエンティストにしたてあげようとするものでした。

この記事は、そのような逆境の中で弁護活動をしてきたことを紹介する趣旨です。

特定のメディアや記者を糾弾するよりも、「大変でしたね」とねぎらってもらえると幸いです。

そして、過去の報道に問題があったのであれば、将来の報道で挽回してください。

それが私の願いです。

そして、皆さんのしらないWinny事件や博士の素顔。アターニーアットローはまだまだ続きます。よろしくご支援下さい。

戦略のお時間

博士の保釈が決まってから、私は、再度訴訟戦略を検討することになった。

いろんな人から意見を聞いてみた。たしかにいろんなアイデアはあった。

しかし、

団長の意見を含め、妥当なプランはほぼ皆無であった。

実現不可能な案をいくら考えても意味がない。

現在のリソースで実現可能な戦略を打ち立てないといけない。

また、2ちゃんねるに、弁護理論についてのスレッドがあるということでメールをくれた人もいた。しかし、あまり参考にならなかった。

当たり前である。

前代未聞の事件だからこそ、自分で道をきりひらかなければならないのである。

 

私は、覚悟を決めた。

 

検察官は、これまでの報道から見て、技術、開発意図を戦場に設定してくることを予想していた。

証拠の開示も無い時期ではどんな立証をしてくるかわからない。起訴状を見ても正直何を問題視しているのかわからない状況であった。

技術については、世間では匿名性が問題としたり顔で述べるITコンサルタントなんてのがいたりするが、そんな証言があるのだろうかとか、それともスーパー技術者なんて連れてきてWinnyの解析なんて語るのだろうか。

意図については、2ちゃんねるで著作権侵害を奨励したと報道されていたりして、そんな書き込みをしたのかなんて、私に問いあわせてくるマスコミがいたりした。

しかし、私は開発スレッドのすべてを確認していない。

すくなくとも当時「著作権侵害をしろ」なんて書き込みはなかった。

検察官は何をもって意図を立証するのであろうか。

 

ただ、検察官の積極立証をつぶしたとしても、

「幇助とはなにか?」

という問題が残る。幇助というのは、これまであまり議論されていなかった分野である。何をもって幇助かなんて考えたこともない。裁判所が、「ちょっとでも関係していればなんでもかんでも幇助」なんて言えば、本件はデッドエンドである。その不合理性を大前提として打ち出さないといけない。

とりあえず、ファイル共有や幇助に関する、日本や海外の判例や学説の調査を積極的に始めていくことにした。

 

ただ、どんな戦略をとっても戦術を遂行することができなければ負ける。法廷での戦闘力が必要である。

そんなとき、刑事弁護で知る人ぞ知る秋田弁護士が弁護団に加入してくれることになった。

本物の刑事弁護のノウハウは、なんちゃって刑事弁護人程度の私にとって非常に貴重であった。

原審で検察官の主張が退けられたのは主任の功績だったりする。

 

そして、弁護団にはもう一つ重要なマスコミ対策という戦略が必要であった。

正直なところ、

司法記者クラブはお巡りさんべったりである。

発言の一部だけを抜き出して一方的な記事を記載されるのは勘弁である。そこで、私は、IT雑誌の取材に絞ることにした。(もちろん、「悪用厳禁」なんて言っていた一部の雑誌は受けてないが)

効果はかなりあった。

当たり前のことを説明する必要がない。

それらの雑誌が表にでることで、一般誌がちゃんとした取材をするようにもなった。

そうやって、9月の初公判に準備を進めていった。

そして、初公判の直前の打ち合わせの後、私は、博士に言った。

私は、自分の人生のうち5年を金子さんのために使う。

金子さんは、残りの人生を、これから日本で生まれてくる技術者の為に使って欲しい。

博士の答えは

ハイ。今までもそうでしたし。

であった。

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