あたーにーあっとろーとは?

  • Winny制作者金子勇氏
    こと博士の素顔があまりにも面白いので、弁護人である私の目から、事件を振り返ってつれづれなるままに書きつづってみる、壇弁護士の事務室のスピンアウトブログです。

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2013年7月 8日 (月)

ギャラルホルンはかく鳴りき

最初、裁判所は、平成16年7月21日を第1回期日としたいと言っていた。

しかし、検察側の記録謄写が7月にずれ込み、しかも、謄写した証拠の量は段ボール箱1個もあるという状況で、証拠の検討など出来ない。当然、証拠の意見なんて聞かれても具体的な意見など言えるわけがない。

弁護側は、あまり非常識であると意見したが、裁判所は全く譲らない。

裁判所の訴訟進行に関する悪意を感じたのは、これが最初である。

そんなこんなで、弁護側が詳細な主張をするという条件で、期日が9月1日に決まったのである。

 

2004年9月1日の朝、京都地裁は、ものすごい人数であった。

僅か60名程度の傍聴席に240名程度の傍聴希望者が並んでいる状況で、この事件への関心が高いのだと、改めて実感した。

裁判所は、2ちゃんねるで実況中継されたら困るということで、法廷への携帯電話の持ち込みを不可とし、ボディチェックまでしていた。

検察側には、同期の検察官と、博士を起訴した検察官(起訴検事)が座っていた。

 

舞台はそろった。

 

法廷は、若干殺気だっていた。

第1回公判期日というと、

被告人の住所とか職業とかを確認する人定質問。

被告人に黙秘権があることを説明する黙秘権告知、

検察官が起訴状を朗読する手続き、

起訴状の事実が合致しているか否かを被告人や弁護人が意見する手続き

と続いて、証拠調べ手続きに入るのである。

 

私は、具体的な証拠調べ手続きに入るまでに、どうしても確認しておきたいことがあった。

というのも起訴状では、博士がWinnyのとあるバージョンをアップロードしたということしか書いておらず、何が幇助に該当するのか不明だったのである。

この点をはっきりしておかなければ、争点がよく分からないまま手続きが続く。そうすると、雰囲気だけで有罪ということを裁判所がやりかねない。

裁判所は、そういう後出しジャンケンをやりたがるが、私は、そうなることを避けたかったのである。

私は、検察も、これだけの事件で起訴に持ち込んだのであるから、相応の理論武装はしてきているだろうとも考えていた。正々堂々と対峙するものだと。

しかし、これに対する、主任弁護人の考えは、「検察がそんなことやってくるわけないやーん。」であった。

主任弁護人曰く、

検察というのは、第1回期日には、ネガティブなことをさんざん述べて、被告人は悪い奴で処罰もやむなしというイメージを植え付け、新聞等にも報道させようとするもんだと。

結論・・・・主任正解!

 

実際の検察は、主任弁護人の予言以上に下品であった。

法廷では、弁護側が明らかにするようにと求めると、検察が「釈明の要なし」「証拠調べ手続きで明らかにする」のくり返しである。

裁判官もそんな検察官を後方支援である。

 

というわけで、釈明もないまま、証拠調べ手続きになった。

証拠調べ手続きというと、最初に、検察官が証拠により立証する事実を明らかにする。

これを冒頭陳述と言うのであるが、

検察の冒頭陳述は、博士が、著作権侵害制度の崩壊目的とか、アダルト画像ほしさにWinnyを作ったと言いたげな内容であった。アホか。

検察は、冒頭陳述でもどうして幇助かを明らかにしない。求釈明にも答えない。 

今度は「立証段階で明らかにする。」である。

しかし、冒頭陳述の内容に違和感を感じた私は、検察官に質問をした。

それは、検察の主張のうち「Winnyにより送受信されているファイル・・・児童ポルノ・・等の著作物ファイルであった」という部分である。

「児童ポルノ」が直ちに「著作物」に該当するという趣旨かという質問に対して、検察は、児童ポルノも著作物という認識である述べた。

しかし、著作物か否かと児童ポルノか否かというのは別のレベルの問題である。

検察は、著作権をよく知らない!

弁護側もIT、著作権、刑事法の3分野にスペシャルな人物はいないが、検察側も同じようである。

だとすると、

みんなでなら検察に並べる。みんなでなら検察を超せる。

そのとき、そう思った。

 

その後、弁護側も冒頭陳述をした。これは、パワーポイントを示しつつ、Winnyが有用な基礎技術であり、彼には可能性の認識しか無いことを論じるものであった。

パワーポイントで、どういう図を作るかについては、事前の会議があったが、みんな適当な意見である。

アップロードとは?

インターネットが生まれた経緯・将来性

効率性とは

・・・・・・・そんなんどないして図にするねん!

裁判員裁判が始まるずっと前の法廷プレゼンテーションである。試行錯誤であった。


 

長い第一回公判が終わった。

その間、博士はただ眠そうに座っていた。

事実と違う主張がされると、

(ヾノ・∀・`)ちゃうちゃう

的に手を振りながら。

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