あたーにーあっとろーとは?

  • Winny制作者金子勇氏
    こと博士の素顔があまりにも面白いので、弁護人である私の目から、事件を振り返ってつれづれなるままに書きつづってみる、壇弁護士の事務室のスピンアウトブログです。

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2015年12月19日 (土)

最期の真実

最高裁が確定してから、博士との連絡はめっきり減った。

私も博士もめんどくさがりのオッサンだし、いつまでも、弁護人がいろいろと口を出すべきではないと思っていたからである。

その後、博士は、東京大学で再び働けるようになった。

ただ、その話を博士から聞いたのではなかったというのは、ちょっと酷い話である。

 

2012年の年末には、弁護団の忘年会が開かれた。

しかし、博士は日程が合わず参加することができなかった。博士に十分に確認しなかった私の責任である。

でも、そのときは大したことと思っていなかった。

結局、さかのぼる2012年6月14日のInteropでのセッションが、博士と会った最後の機会となった。

博士との最期の会話は全く覚えていない。 

でも、そのときは大したことと思っていなかった。

 

博士が死ぬなんて思ってもいなかったから。。。。

 

2013年7月3日

大阪で普通に仕事をしていたときに、博士が危篤という連絡が入ってきた。

私は、思わず、金子さんのお父さんですか?と聞いた。

そんなわけ無いじゃないですか。お父さんは2年前に亡くなってますよ。

そりゃそうだ。

しかし、私は博士の危篤を信じられなかった。

私は、とにかく全ての仕事をストップして、新幹線に飛び乗って病院に駆けつけた。

夜も遅くなった病院で会ったのは、多くの機器に囲まれて、大量の点滴がつながれた博士であった。

博士はもう絶対に元に戻らない。認めざるを得ない現実が私の頭を殴りつけるように襲ってきた。

私は、すこしの間東京に滞在した。ただ、博士の死を受け入れる作業であった。

2013年7月6日

私が大阪に戻った翌日の夕方、博士のお姉さんから訃報を聞いた。

 

私の語る博士の話はこれで終わりである。

 

博士は、残りの人生を、これから日本で生まれてくる技術者の為に使って欲しいという私との約束を守ったことになる。

人は死ぬ。しかし、プログラムは死なない。博士が遺したプログラムは今日もどこかで動いている。

博士が勝ち取った正義は、この日本にとって大切な意味があったと思う。

 

ただ、10年という月日を裁判に費やした博士が、再び研究者として過ごすことが出来たのは半年だけであった。

たったの半年だけ。。。。

もし、刑事事件がなければ、P2Pが彩る世界は違うものになっていたかもしれない。

もし、あのとき嘘をついて罪を認めてしまえば、博士は刑事事件で費やした時間を好きなプログラム開発に充てれたかもしれない。

私は、博士に無辜の技術者としての最期を与えることができたという自分への慰めと、博士から人生の重要な時間を刑事事件で奪ってしまったことへの慙愧の念の入り交じった複雑な思いで、揺れ動いている。

今日も。

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コメント

コンテンツ配信プラットフォームという形のP2Pの可能性が台無しにされてしまったことも、本当に残念です。
今日初めてこのブログの存在を知りましたが、それもFacebook経由であり、人と人とのコミュニケーションのプラットフォームも、今のところP2Pで実現されるのではなく一企業がサーバーで独占的に管理される形が主流となっています。
何より金子博士がお亡くなりになったニュースを聞いたときは本当にショックと無念さで胸がいっぱいでした。
しかしP2P技術はビットコインなど、著作権違反の疑いなど掛けようのない形で、何とか息を吹き返そうとしています。
ビットコインの発明者は日本人らしき名前を名乗ってはいるものの正体を明かしていないのも、Winny冤罪事件の影響かもしれず、日本発祥のP2P技術と胸を張って誇れる状況でないことも残念です。
さらに新しい形の通貨が不当に「やはり国家社会の脅威だ」などとみなされることがあれば、また弾圧されるような動きが出てくるかもしれない心配もあります。
博士がひっそり提唱していた「コピーフリーでも成り立つビジネスモデル」も、当時少しだけ話題にはなったものの今はほとんど話題になることもありません。
それでも、博士が残してくれた功績は、少なくとも私の心にはしっかり焼き付いています。
そして私のように博士の功績に感銘を受けた技術者やその他多くの協力者の手で、大きなイノベーションが実現されることを信じて止みません。

>結局、さかのぼる2014年6月14日のInteropでのセッションが、博士と会った最後の機会となった。

誤字系? 少しだけ残念

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