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2005年9月2日

2005/09/02

9月5日の公判

9月5日午後1時半から京都地方裁判所で、第15?回公判が開かれる。
今回は、かなり見に来た方が良いと思う。

事務局長が言うのだから間違いない。

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法と命の間で、

救急救命士が、緊急時に除細動機を使った行為について、起訴猶予とした記事を見た。

前提知識であるが、除細動機は医師のみに使用が許されている。また、起訴猶予は不起訴の一種であるが、他の不起訴処分とは違い、犯罪は成立するが事情によって処罰はしないというものである。しかし、起訴猶予は前歴として記録に保存され、何かの折に、刑事事件となった場合は、悪事情として評価されて罪が重くなる場合もある。

法律を杓子定規に適用させれば、除細動は緊急時におこなうものだから、緊急時だからといって、医師以外が使用する理由にはならないという考える考えはあろう。

しかし、日本にいる多くの救急救命士は、再び同じ事が起こったときどうするのであろうか。今度は起訴猶予ではすまないと考えて指をくわえて見ていることを選ぶかもしれないし、除細動機を使うことを選ぶか、それともその他の方法をとるのかは分からない。同じケースは、常に起こりうる。除細動機だけの問題でもない。
法律は、人が死のうとしている時に、それを指をくわえて見ていることを刑罰で求めているのだろうか。

どうも、この事件についてはお役所仕事というものが見え隠れしているような気がする。大切なものはそのようなものでは無いはずなのに。

先日、民事の裁判官が要件事実論がロースクール時代を迎えて生き残るかという話をするのを耳にした。民事裁判官は、危機感を持っているようである。

しかし、同じくロースクール時代を迎え、しかも、裁判員制度を採用するはずの刑事の裁判官からは、従前の刑法理論や事実認定論が生き残るかについての不安感はあまり耳にしない。刑法学者も同様である。

ここでは、深入りはしないが、刑事法では「殺意」や「共謀」等、おおよそ一般人が納得しがたいと思われる理論がまかり通っている。逮捕、拘留、取り調べや証拠法等の刑事訴訟法はさらに酷い状態である。
そのような中で、「ピストルを撃ったら、たまたま相手も自分を狙っていた」というような教室事例に固執している学者理論が国民の支持を受けるのだろうか。

これから、社会的な素養を持った法曹人が増えることを心から願っている。とりあえず、プログラムやネットワーク技術を理解した検察や警察が増えて欲しいものである。

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