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2007年11月19日

2007/11/19

著作権という魔物

私は、毎週週刊アスキーを読んでいる。新しい規格や製品がポンポン出るのについて行かなくてはならないと思うようになってからである。本当はもう少し技術よりの本が良いのだろうが、良い本を知らないので仕方ない。

で、最近週刊アスキーで「著作権という魔物」というシリーズが掲載されていることを知っているだろうか。永野商会を取材したり、Youtubeを取材したりなかなか本格的である。私的にはNHKのインハウスローヤーである梅田弁護士と録画ネットの代理人である春日弁護士の両方に取材するという点でも意欲的である。弁護士の私が見ても興味深いものになっている。

そんな中、元文化庁著作権課課長の岡本薫氏のインタビューが2回に渡っているのを拝見した。

岡本教授が、知的財産権を守る超党派議員連盟の第7回フォーラムで講演したときの配付資料に、「間抜けな提案の例」というのをペーパーで配ったと言うのをみた。

某民放連の「自由に再放送できるよう、既放送番組の著作権を否定せよ」という提案に対して、NTVの番組をTBSが再放送できるようになってしまう。と説明が付されていた。

確かに、厳密に読めば誤りではない。但し、文面を見る限りでは、議員が正しく理解出来るレベルを大きく超えてミスリードを誘う文章であることも確かである。著作権が否定される=只で使い放題と勘違いされかねない。

しかし、YOL事件で明らかになったように、著作権が否定される→一般不法行為に該当しないかという流れになる。その中で実際的なフェアユースかどうかという判断がなされているのである。実際にYOL事件では複製の態様などから損害賠償を認めている。

その意味で言えば、多額の使用料相当損害金を支払ってまで、再放送することは容易ではない。つまり、すべてが再放送できるようになってしまうという訳ではないのである。再放送できることと、それが事業として成り立つかは別の話である。

現在の実務において、著作物であるかどうかということの実質的な意味は、保護されるかどうかではない。損害賠償が認められるかでもない。損害賠償(額)の推定、差止め、刑事罰、そしてフェアユースかどうかの判断がされずに違法性が認められることにある。

だからこそ、私は、無限定な著作物や複製の範囲について否定的であるし、まず、保護される範囲を明確にして、さらに、フェアユースの規定を設けるべきと思っている。するべきことをせずにDL違法や非親告罪化を立法しようとしているのは、私には愚かとしか思えない。

著作権法の現在の課題は、コンテンツビジネスはいかようにあるべきかという問題である。しかし、多面的・流動的なコンテンツビジネスを十分に規律するには、法律というレイヤーはあまりにも硬直的である。

著作権法の議論の中心である学者は現状をどう考えているのだろうか?「著作物の成立する範囲を広くした方が多くの人が保護されて良い」くらいな安易な考えの学者の基本書を見るとがっかりする。

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