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2009年1月28日

2009/01/28

ロクラク事件高裁判決

記事

田中信義裁判長は「利用者の自由意思に基づく複製を容易にする環境や条件を提供したにすぎず、運営会社が複製しているとは認められない。放送を個人で視聴するのは適法な私的利用で、テレビ局側の利益を侵害しない」との判断を示した。

これは私的複製抗弁回避型カラオケ法理の可否の事案である。私は、私的複製抗弁回避型自体かなり限定的に考えるべきと思っているので当然の判決と思っているが、現にMYUTA事件などの悪しき先例がある日本なので気が抜けないところである。

この事件、おそらく、最高裁に上告と思われるが、知財高裁がカラオケ法理の適用を否定したことは意外に大きい。

判決文を入手したらまた、検討してみたい。

追記

判決文

判決文は、目的、管理支配性、利益などの要件で検討しており、特に管理支配性を重視している。そして、管理支配性については、MYUTA事件のような非常に緩やかなものでは足りないとしたものと考えられる。選撮見録事件の高裁判決と比べても大きく異なる判断といえるので、この点は最高裁の判断になるかもしれない。

私的に目についたのは以下のとおりである。

なお,クラブキャッツアイ事件最高裁判決は,(中略)本件サービスについてこれまで認定説示してきたところに照らすならば,上記判例は本件と事案を異にすることは明らかである。

「そう!こんなあたりまえなことを、なぜ、今まで誰も言わなかったのか?」という感じである。

さらに目についたのは、

デジタル技術は今日のように発達しておらず,インターネットが普及していない環境下においては,テレビ放送をビデオ等の媒体に録画した後,これを海外にいる利用者が入手して初めて我が国で放送されたテレビ番組の視聴が可能になったものであるが,当然のことながら上記方法に由来する時間的遅延や媒体の授受に伴う相当額の経済的出費が避けられないものであった。

しかしながら,我が国と海外との交流が飛躍的に拡大し,国内で放送されたテレビ番組の視聴に対する需要が急増する中,デジタル技術の飛躍的進展とインターネット環境の急速な整備により従来技術の上記のような制約を克服して,海外にいながら我が国で放送されるテレビ番組の視聴が時間的にも経済的にも著しく容易になったものである。

そして,技術の飛躍的進展に伴い,新たな商品開発やサービスが創生され,より利便性の高い製品が需用者の間に普及し,家電製品としての地位を確立していく過程を辿ることは技術革新の歴史を振り返れば明らかなところである。

本件サービスにおいても,利用者における適法な私的利用のための環境条件等の提供を図るものであるから,かるサービスを利用する者が増大・累積したからといって本来適法な行為が違法に転化する余地はなく,もとよりこれにより被控訴人らの正当な利益が侵害される
ものでもない。

私的複製抗弁回避型カラオケ法理を駆使してきた著作権団体や放送局にとって、かなり痛い一文だと思う。

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