今回問題になるのは、「偽計」と「業務」であるが、両者は、保護されるべき法益と関連する。
そもそも、偽計業務で保護されるべき業務とは何であろうか。
もし、業務というものが、本人がかくありたいと思っている活動を広く保護するという趣旨なら、業務とはあらゆる希望を含め広く該当し、偽計とはそのような願いを妨げる行為広くが該当することになるのであろう。
この場合、カンニング事件は「公正」な業務を「カンニング」という方法で妨害したとして問題になろう。大相撲の八百長はすべて業務妨害に該当しよう。場合によっては、会社同士の競業行為なんて偽計業務妨害になりまくりかもしれない。
他方で、業務とは自由競争が原則で、刑法で保護するのは例外的と考えるのであれば、保護の範囲は狭くなろう。
この場合、カンニング事件は、試験自体は出来ているし、カンニングしたとしても偽計行為は、業務妨害に直接向けられた行為ではないとなりそうである。
実際のところ、業務や偽計の基準は明確ではない。
裁判所は、漁網を破るような仕掛けを沈めた行為は偽計に含まれるとしており、限界事案として紹介されている。ただ、この事案も、詐欺の様な欺罔行為や錯誤がないという問題はあるものの、漁自体が出来なくなるような場合で業務性での争いは少ないし、仕掛けを沈める行為は、業務妨害に向けられた行為ではあるので、カンニング事件とは少し異なった側面がある。
では、岡崎市中央図書館事件はどうであろうか、この事件は、蔵書検索システムに対してクローラーを使っていたところ、高頻度のリクエストを故意に送りつけたとして偽計業務妨害容疑で起訴猶予処分(罪となるのが前提の処分)となった事案のようである。
記事この場合、前述のような広い偽計業務妨害の基準が成り立つとすれば、例えボロボロのサーバであったとしてもボロボロのサーバ運営業務を妨害するので、偽計業務妨害が成り立ち得よう。(もちろん、社会通念上常識の範囲のアクセスであれば正当業務行為である等の違法性阻却事由を検討する余地はあるが、なにをもって社会通念上の常識の範囲かは難しいし、日本の裁判所は、違法性阻却事由をなかなか認めない。)
しかし、ボロボロのサーバで運営したいというのは、ある意味願望であり、そのような願望まで刑法で保護する必要があるだろうか。(その意味で、前述の広い業務妨害の基準は疑問であり、本件の結論自体が見直されるべきと考えている。)
同様に、テストは答案を配布して、受領して、採点して、合格点を満たすか満たさないかを確認するだけの業務で、公正というのは、テストをする側が自己のオーソリティーを確保するためにする責務にすぎないと考えるならば、「公正」が刑法上の保護に値するかは微妙である。もし、公正が客観的に刑法上保護されるべしというのであれば、裏口入学なんて、テストの公正を害しまくりなので、理事も父兄も処罰となるやもしれない。
偽計業務妨害での立件は、今後便利だということで増えるであろうが、刑法の基準は一つであるので広げすぎは問題である。おそらく、上述の二つの考えの間のどこかに適正点はあると考えている。本件の結論はともかく、カンニング野郎の当罰性故に、大ざっぱな刑法の拡張解釈は勘弁して欲しいと願っている。その意味で、今回の逮捕が、京都府警によるものというのは皮肉である。
現在、民事上の解決は、プロバイダ責任制限法等の出来の悪さ故に、とても実効性が低い。
それゆえに、刑事的な解決を望む場合が増え、刑法にぴったりする規定がなければ、お巡りさんは、無理な拡張解釈に挑むことになるという流れにある。
この流れも変える必要があるのではないか?