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2013年3月7日

2013/03/07

処分保留で釈放、別件で再逮捕

例の遠隔操作ウイルスの件であるが、処分保留で逮捕されて再逮捕のようである。

逮捕も拘留も刑事訴訟法に規定がある。

第百九十九条  検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。ただし、三十万円(刑法 、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪については、被疑者が定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る。

第六十条  裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。
 被告人が定まつた住居を有しないとき。
 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

で、1回逮捕拘留で23日である。
起訴をしなければ、保釈しなければならないので、別件で逮捕・勾留するということである。

で、逮捕・勾留の判断は、公訴事実毎になる。このあたりは、難しいが、基本的には、遠隔操作ウイルスで問題になった事件があれば、その数だけ逮捕・勾留請求できることになる。

もっとも、勾留は、相当な理由がないとできないので、永遠に逮捕・勾留というわけにもいかないと思うかも知れない。しかし、これも、令状の自動販売機のような裁判官だとほぼスルーである。逆にそういう裁判官を狙って令状請求することもある。

で、それでも、無罪がとれたら良いじゃーんと言っている人がいるかも知れない。

逮捕・勾留が続いたらどうなるかというと

記事

数日前までは「3月3日が限度です。気付いたら独り言を言っていたり、床や壁を叩いたりして留置場の係官に注意された」と語るなど、精神的に疲弊している状況だった。

拘禁反応というのは、実際に捕まってみないとわからないエグイ話である。

この事件、警察の威信をかけて、潰してやろうというところだろうか?

処分保留再逮捕というのは、暴力団専用と思っていたが、そうでもないらしい。

他にもゲッすいことをしているようである。

検察官は対決姿勢で臨み、「検察は、君を起訴できるし、有罪にできる」と断定。録音・録画について「(検察に)そういう 義務はない。法律に違反しているのは君の方だ」などと述べ、「無実だと言うなら、録画などされなくても堂々と説明しろ」と迫った、という。こうした取り調 べが午前10時から正午まで続き、弁録は作成されなかった。午後には、取り調べを拒否する旨の意思表示をしたが、「まだ弁録ができていないから」と言われ てやむなく取調室に赴き、午後1時半から2時50分まで取り調べと弁録作成が行われた、という。

佐藤弁護士によれば、ウイルスが作成されたプログラム言語C#は使えないことを説明しても、検察官は「そんなこ とは(犯人でない)根拠にはならない。こっそり勉強しているかもしれない」と聞き入れず、片山氏が「それは悪魔の証明ですね」と言い返す場面もあった。正 月に江ノ島に行った時の服装や当時持っていたリュックの行方を聞かれ、「服は古着やさんに売った。リュックはイタリア旅行に行った時に壊れたので取り替え た」と説明すると、証拠隠滅を図ったかのような記載が弁録の中に盛り込まれそうになった。片山氏が「サインはできない」と拒むと、検察官は渋々そこを削除 した書面を作り直した、という。

あまりにも酷すぎて、本当か?と疑いたくなる話である。
ただ、こういう話ですら、江川紹子さんが否かったら、世間の人は知ることもないのである。

追記
30才がC#でウイルスを作るというのに、私はえらく違和感を覚えた。
でも、WIDEプロジェクトのメンバーに聞くとそれほどでもないらしい。C#は、思っていたよりも若い世代でもメイン言語にしているようである。
でも、真剣にウイルス作るなら、.NET Framework使うよりも、JavaVMの方が良いような気がするのだが、どうなんだろう。

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凶悪冷血メディアと荒廃識者

記事

 東京都武蔵野市吉祥寺本町の路上で起きた女性刺殺事件で、強盗殺人容疑で逮捕された少年2人の実名と顔写真が、7日発売の「週刊新潮」(新潮社)に掲載された。
 同誌は「凶悪冷血『未成年ペア』肖像写真と荒廃家庭」と題する記事で、無職少年(18)とルーマニア国籍の少年(17)の実名と顔写真を載せ、家庭環境などについて書いている。 

光市事件以来、加害少年を載せると部数がとれるということで、低俗な雑誌は、味をしめているようである。

週刊新潮が、報道の自由とか言うと報道の自由に謝れって感じであるが、問題はこれだけではない。

報道の自由とプライバシーに関しては、トホホな面がある。

こんな記事を見た。

藤田博司委員(元共同通信論説副委員長)と宮川光治委員(元最高裁判事)と長谷部恭男委員(東京大学法学部教授) の例のアルジェリアの事件を念頭にした対談である。

宮川委員 遺族は精神的な衝撃を受けた直後なので、一人一人の遺族への取材では、十分な配慮をしなければいけないのは当然のことだ。ただ、本件のような事例では、遺族は氏名の報道を拒否できないと思う。氏名を報道するかどうかは、報道機関がその責任において判断することであり、遺族が決めることではない。そのことははっきりさせておいたほうがいい。

長谷部委員 この事件について、遺族の方の感情や、亡くなった方の名誉やプライバシーなどを理由に氏名を出さないというのは、なかなか簡単には説明しにくいところではないかと思う。

驚いた。遺族の氏名を報道するかは、報道機関の問題で、遺族の方の感情とか名誉とかは無視しろということである。

原稿チェックしたのかは知らないが、このままの文言であれば、元最高裁判事とメディア法の大家とは思えないゲスっぷりである。

事件報道については、さらに凄い状況である。
犯人かも分からない段階で、実名報道、&警察リークのプライベート事項を嬉々として載せている状況である。

記事

新聞報道の中で「捜査関係者」「警視庁幹部」が匿名でコメントし、「弁護士に励まされているうちに、自分が無実だと思い込んだのではないか」「今回も誤認逮捕というなら真犯人からのメールが逮捕以来途絶えていることをどう見ればいいのか」などと述べていることを挙げ、佐藤 弁護士は「いったい何を考えているのか」「真犯人からのメールは1/5以降途絶えているのではないか」「こういう馬鹿なことを言う人が幹部というのはとん でもない」となどと憤慨。「鯛は頭から腐るというが、警察組織はおかしくなっている」と批判した。

記者が、警察情報の裏をとろうと、警察が言っていたと弁護側に吹っかけてくることはよくある。しかし、こちらにしてみれば怪情報である。警察に聞いてもはそんなことは言っていないとシラを切られる。それでも、こちらには、その怪情報に対して弁護人として責任をもって対峙することを求めてくる。それならソース側の責任ということで、こちらがその発言をした警察を連れてこいと言っても連れてこず、そのソースが間違っていると説明しても信用しようとしない。

Winny事件でも「2ちゃんねるで著作権侵害目的でWinnyを作ったという書き込みをしたのか」「どの書き込みを言っているのか?」「分からないけど、警察がそう言っている」のくり返しであった。「確率で言うと、警察が言うことが正しいことが多いので、警察の言うことを信じます」と言った記者もいた。

さらに、佐藤弁護士は一連の報道や記者の姿勢について、次のように厳しく批判した。
「最初に大げさに報道され、報道の責任を言ってきたが、このあたりで冷静になって、本来あるべき報道の姿勢に戻ってもらいたい。自分がペン やマイクを握ることにしたのは何をやるためだったのかを思い出してもらいたい。君たちは、まるで彼が無実であるということを証明しろと言わんばかりの態度 ではないか。反省するべき」

佐藤先生もいうもんだ。

完全にアグリーである。

Winny事件では、弁護団は間違いだ、自白したら執行猶予だ、取材をさせろと言った国民的メディアがあったことは、忘れてはならない。

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回顧無効

記事

 軽微な犯罪行為で会社を懲戒解雇されたのは解雇権の乱用だとして、滋賀県野洲市内の40代男性が村田製作所(京都府長岡京市)を相手取り、雇用契約上の 地位確認と解雇後の月37万円の賃金支払いなどを求めた訴訟の判決が5日、大津地裁であり、宮本博文裁判官は、解雇は無効として雇用契約上の地位を認め、 同社に未払い賃金の支払いを命じた。

 判決は男性の行為について「直接襲ったり撮影したりはせず、会社の名誉などに損害が生じるとは考えにくい」と指摘。

驚きである。
刑事では、児童ポルノは軽微な犯罪という感覚はない。

会社の評価は、努力を積み重ねてきた多くの社員の誇りと、信頼によって成り立っている。

村田製作所の社員に児童ポルノ趣味の方がいらっしゃるというのは、十分な不名誉だとおもうのだが・・・。

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京都府警講演

Security Daysに、京都府警のあのお方氏が登壇したようである。

記事

私は、当然、彼を知っている。順調に出世しておられるようである。

すでに記事にしているが、今回は、華々しく顔写真ありである。

Winny事件で、自分の作文を金子氏に書き写させて自白と言ってみたり、裁判所の検証手続きでは、ネガティブキャンペーンよろしくWinnyを操って無修正画像をダウンロードしようとした人物であるが、未だ、金子氏に対して、謝罪の一言もない。

裁判所から、明確に、違法な取調をしたと認定されているにも関わらず。。。

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裁判所の価値

衆院選の定数不均衡問題について、地裁判決の第一弾が出たようである。

記事

難波孝一裁判長は「違憲状態とした最高裁判決で強い警鐘が鳴らされたのに、区割りが是正されず選挙に至ったのは看過できない」として、選挙は違憲と判断した。選挙無効の請求は棄却した。

この選挙無効の訴訟であるが、最近違憲だけど、選挙は無効としないという判断が続いている。

しかし、その論理はかなり怪しい。
この件のリーディングケースである最大昭和58年4月27日は、

 したがつて、人口の異動が生じた結果、それだけ選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が拡大するなどして、当初における議員定数の配分の基準及び方法とこれらの状況との間にそごを来したとしても、その一事では直ちに憲法違反の問題が生ずるものではなく、その人口の異動が当該選挙制 度の仕組みの下において投票価値の平等の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度の投票価値の著しい不平等状態を生じさせ、 かつ、それが相当期間継続して、このような不平等状態を是正するなんらの措置を講じないことが、前記のような複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に立つ て行使されるべき国会の裁量的権限に係るものであることを考慮しても、その許される限界を超えると判断される場合に、初めて議員定数の配分の定めが憲法に 違反するに至るものと解するのが相当である。

ということで、合理的期間論を述べて、その後の裁判例でも、踏襲されている。

ただ、この合理的期間というのが、そば屋の出前並みにくせ者である。
日本の裁判所が、合理的期間を超えると言いそうな気配はない。日本という国が消滅するまで合理的期間とか言いそうである。

そもそも、選挙の平等違反は、文字どおり平等か否かであり、合理的期間か否かではないはずである。

で、合理的期間が過ぎたとしても、選挙が無効になるかといえばそうではない。

この点についてのリーディングケースは、最大判昭和60年7月17日である。

違憲の議員定数配分規定によつて選挙人の基本的権利である選挙権が制約されているという不利益など当該選挙の効力を否定しないことによる弊害、右選挙を無 効とする判決の結果、議員定数配分規定の改正が当該選挙区から選出された議員が存在しない状態で行われざるを得ないなど一時的にせよ憲法の予定しない事態 が現出することによつてもたらされる不都合、その他諸般の事情を総合考察し、いわゆる事情判決の制度(行政事件訴訟法三一条一項)の基礎に存するものと解 すべき一般的な法の基本原則を適用して、選挙を無効とする結果余儀なくされる不都合を回避することもあり得るものと解すべきである(昭和五一年大法廷判決 参照)

これは、条文解釈としても怪しい。

公職選挙法
(選挙関係訴訟に対する訴訟法規の適用)
第二百十九条  この章(第二百十条第一項を除く。)に規定する訴訟については、行政事件訴訟法 (昭和三十七年法律第百三十九号)第四十三条 の規定にかかわらず、同法第十三条 、第十九条から第二十一条まで、第二十五条から第二十九条まで、第三十一条及び第三十四条の規定は、準用せず、(以下略)

第三十一条  取消訴訟については、処分又は裁決が違法ではあるが、これを取り消すことにより公の利益に著しい障害を生ずる場合において、原告の受ける損害の程度、そ の損害の賠償又は防止の程度及び方法その他一切の事情を考慮したうえ、処分又は裁決を取り消すことが公共の福祉に適合しないと認めるときは、裁判所は、請 求を棄却することができる。この場合には、当該判決の主文において、処分又は裁決が違法であることを宣言しなければならない。

要するに、事情判決をもってきて、選挙を無効としないというわけであるが、公職選挙法で、明確に除外されているので、法の一般原則などと言ってきたわけである。

んなアホなみたいな理由であるが、この事なかれ主義は、その後も踏襲されている。今回の判決の詳細は見ていないが、おそらくこれだと思われる。

しかし、法の一般原則でいうならば、違法であれば無効であることが原則であろう。

民主制の過程における問題を是正するのは、民主制の過程には期待できない。それこそが、裁判所の役割のはずである。

自らの役割を忘れて、違憲状態とか言うだけであれば評論家である。

それなら、裁判所と名乗るのを止めるべきである。

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