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2015年4月16日

2015/04/16

井垣康弘元裁判官という人

すでに、

酒鬼薔薇の報道について

で、やんわりとではなく、井垣元裁判官の批判をしているこの件である。

公益社団法人「ひょうご被害者支援センター」は15日、発行元の文芸春秋(東京)に雑誌の回収を求める抗議文を送ったそうである。

記事

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ひょうご被害者支援センターは、事件で次男(当時11)を亡くした土師(はせ)守さん(59)が監事を務めているので、遺族の意見とも言える。

「平穏な生活を取り戻しつつある遺族に、重大な二次被害を与える」として、回収を求めたことに対して、井垣元裁判官は「決定書は秘密の文書ではなく、新たに被害者を傷つけるものでもありません」との談話を出したと報道されている。

これが、本当なら看過し難い話である。

遺族が、傷つくと言っているのである。

傷つけるものか否かを決めるのは井垣元裁判官ではない。

彼は、そんなことも理解出来ないのか。
それとも、自らの自己満足に酔うがあまり、自分が遺族を傷つけていることに目を背けざるをえないのだろうか。

私は、この事件の被害者の遺族である山下京子さんの著書の一説が心に残っている。

神戸事件の加害者の審判を担当した判事の井垣康弘氏も、この修復的司法を日本で提唱されている一人です。

(中略)

やはり、被害者が加害者と向き合っていくという作業は、仕組みとして強制していくものではなく、被害者の内側から自然に発信されてこそ意味があるように思います。

(中略)

加害少年の更生が重要だという視点はわかります。だからといって、殺されてしまった子はもうどうでもいいというような冷淡さで、被害者の遺族に加害者の更生への協力を強いるのはおかしな話です。修復的司法について議論や研究が進んでいくことは大いに結構ですが、一番傷ついている被害者側の心というものを、大切にしていってほしいと思うのです。

(中略)

ずいぶん前に、井垣判事の寄稿文が神戸新聞に掲載されていました。その中にこんな下りがあったのです。

少年Aが無事社会に戻ったとして、それから、さらに50年もの年月が経過した遙か将来のことを今イメージしている。すでに古希に達した老人Aとその弟たち、山下彩花ちゃんのお兄さん、土師淳くんのお兄さんが、月に一回、地域の小学校や中学校、高校生や大学生らと、北須磨のタンク山や公園に集まり、みんなで山や公園の清掃をしている。その謝礼でお花を買い、彩花ちゃんと淳くんのそれぞれのお家に届け、二人のことをしのぶ集いを持つ…そこに至るまでの長い年月と遠い道筋に思いをはせながら、三年あまり前の審判の風景に戻る。

この文章を読んだ私は、申し訳ないけれど、怒りよりも笑いがこみ上げてきたものです。おっしゃりたいことはなんとなくわかるとしても、あまりに滑稽で絵空事のような無茶な話だと思いました。

そして、この事件に関わった判事にしてなお、あまりにも被害者の気持ちがわかっていなさすぎると、悲しくなりました。

自転車やバイクを盗んだ犯人と向き合っているのとは、わけが違うのです。
たしかに世間でも戦争の敵兵同士が年老いて再会するということはあるでしょう。しかし、それと殺人事件の当事者同士とは次元が違います。

そして仮に、加害者と遺族が何十年か先に顔を合わせて向かい合うことができたとしても、この井垣さんの理想は、情緒的な夢物語にすぎません。
失礼ながら、被害者側が背負い続ける痛みもわかっていないし、加害者側が背負うべき痛みもわかっていないのではないか。いや、人間が生きていくということを、あまりにも軽く甘く考えておられるのではないかと思います。

あえて長文を引用した。

これを読むべきは、ゴシップ誌に魂を引き渡して遺族の自己修復の過程をぶちこわした老人1人だけではない。
少年事件に携わるすべての者が肝に銘じるべきことである。

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