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2022/05/21

2022/05/21

護送金と電子計算機使用詐欺罪

 山口県阿武町が誤って振り込んだ臨時特別給付金4630万円の一部をオンライン決済サービスで決済代行業者の口座に振り替えた事案で、男性が電子計算機詐欺容疑で逮捕された事案が話題となっている。

 なんで振り込んだの?という疑問はおいておいて、この事件で何罪が成立するの?ということが議論されているのを良く見る。しかし、弁護士であってもけっこうおかしなことを言っているので驚いている。

 というわけで、現時点で日本一詳しい疑律の解説を試みることにした。

 

まず、この手の、人の金を勝手にした系の罪は、横領、業務上横領、背任、窃盗、占有離脱物横領、詐欺、電子計算機使用詐欺の成立を検討する。強盗や恐喝は暴行・脅迫が必要なのであまり考えない。

次に、この手の罪は、銀行債権をどうこうして利益を得たかという話しと、銀行の管理している現金をどうこうして利益を得たかということを別途考えなくてはいけない。

ちなみに、もし、委託信任が無くても債権であっても成立する横領罪があれば、本件の処罰に一番ぴったりなのであるが、そんなけしからん罪は現行法には存在しない、で、それぞれ、ちょっとずつ無理な解釈をどう埋めるかが問題になるのである。

まず、業務上横領と背任は、大ざっぱに言えば人の為に業務に従事する者の犯罪なので、単に誤振込された事案では難しそうである。


(業務上横領)

第二百五十三条 業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の懲役に処する。


(背任)

第二百四十七条 他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

 ただし、誤振込されても、返金義務を負うのでその範囲で事務処理をするとか言いだしたら背任になる。

 本件では、背任で起訴するのは検察にとってハードルが高いであろう。

 


(横領)

第二百五十二条
 自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の懲役に処する。

 自己の物であっても、公務所から保管を命ぜられた場合において、これを横領した者も、前項と同様とする。

 次に、業務上横領と横領は、物についての罪である。銀行預金は物ではないので、現金を物と考えることになるが、一般には銀行にある現金を預金者が占有しているとは考えられていない。なんでもありの刑事裁判所もさすがに物と債権の区別を混同することはない。

 

(窃盗)

第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

 

(遺失物等横領)

第二百五十四条 遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

 

 窃盗であるが、他人の財物とあり、これも有体物と考えられている。特殊詐欺でクレジットカードを受け取って不正にATMから出金したような場合に、銀行が占有する現金に対する窃盗罪を認めるのが一般的である。で、現金は銀行が占有しているので占有離脱物横領も認めにくい。

 


(詐欺)

第二百四十六条 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。

 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
 
 詐欺罪は、人を欺いて財物を交付させることを要する。1項は財物で、2項は不法な利益を得ることを要する。詐欺罪は、有体物に限られないのである。ただ、人に対する欺罔行為であることを要するので銀行の窓口から不正に出金したような場合は銀行に対する詐欺罪を認めることが多い。
 ただ、銀行口座は自分のなのに銀行を騙したことになるのか?という疑問があるかもしれない。
 この点、民事的には、最判平成8年4月26日が、振込を受けたものと振り込んだ者との間に、法律関係が無いような場合でも、銀行との関係では振込を受けたものの預金となるという(これは荒すぎる説明か?)を認めている。
 じゃあ、自分の預金の権限の範囲だから詐欺にならないじゃないかとおもうかもしれないが、そこは血に飢えた刑事裁判所である。最判平成15年3月12日(刑集57巻3号322頁)が過誤払いされた預金の詐欺罪を認めているのである。
 銀行にとって,払戻請求を受けた預金が誤った振込みによるものか否かは,直ちにその支払に応ずるか否かを決する上で重要な事柄であるといわなければならない。これを受取人の立場から見れば,受取人においても,銀行との間で普通預金取引契約に基づき継続的な預金取引を行っている者として,自己の口座に誤った振込みがあることを知った場合には,銀行に上記の措置を講じさせるため,誤った振込みがあった旨を銀行に告知すべき信義則上の義務があると解される。社会生活上の条理からしても,誤った振込みについては,受取人において,これを振込依頼人等に返還しなければならず,誤った振込金額相当分を最終的に自己のものとすべき実質的な権利はないのであるから,上記の告知義務があることは当然というべきである。
 そうすると,【要旨】誤った振込みがあることを知った受取人が,その情を秘して預金の払戻しを請求することは,詐欺罪の欺罔行為に当たり,また,誤った振込みの有無に関する錯誤は同罪の錯誤に当たるというべきであるから,錯誤に陥った銀行窓口係員から受取人が預金の払戻しを受けた場合には,詐欺罪が成立する

要するに、自分の預金であっても、銀行の忖度したいお気持ちのために告知義務があって、その告知義務に反して払い戻しを受けた場合は詐欺であるということのようである。

私は、これは刑事と民事の逆転現象であって、ここまで処罰の対象にするのは反対である。

そもそも、過誤払いのときに、送金者に振込返すとか、窓口で引き出して振込人に渡す等の行為にまで犯罪とされるべきではない。上記の平成15年判決を見る限り、これらの行為まで処罰することにならない理由が全くわからない。

そして、現在、人に対するものであることを要すると思われていた偽計業務妨害の「偽計」について、人に向けられる必要はないとした高裁判決があるので、機械を通じて間接的に人の意思に反するような処理をさせた場合にも2項詐欺を認めるという構成を裁判所が言いだしてもさほど驚きはしない。

ただ、本件で詐欺罪で起訴する可能性は少ない。そこで無理するなら電子計算機使用詐欺で無理した方がハードルが低いだろうというのが一般の感覚だからである。

 

(電子計算機使用詐欺)

第二百四十六条の二 前条に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。

 

この電子計算機使用詐欺はもともと、機械に対して騙すという行為は観念しにくいので立法された法律である。

偽造テレフォンカードをつかった様な場合、人を騙したわけではないし、利益を得ただけで窃盗をしたわけでもないので処罰できないのではないかという問題があり(なお、最判平成3年4月5日は変造有価証券の罪をムリクリに認めているので不可罰というわけではない)、機械に対する詐欺のような行為を行って利益を得る行為を処罰するために昭和62年改正で規定されたのである。

で、作ったはいいけど、携帯時代の到来とともに、どこに行くのか解らない規定になっている。

この電子計算機使用詐欺は電子計算機を誤作動させることを念頭に規定されているが、恐ろしく条文がややこしい。

 

 {

   { 人の電子計算機に

     { 虚偽情報

       or

      不正な指令

      }

     を与えて財産権の

     { 得喪

       or

       変更

      }

     に係る不実の電磁的記録を作り

    }

   or

   { 財産権の

     { 得喪

       or

       変更

      }

     に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の様に供して

   }

 }

 財産上不法の利益を

  { 得

    or

    他人にこれを得させた

   }

という構成になる。

 

本件では、不実の電磁的記録を作るか、虚偽の電磁的記録を供する場合に該当するかが結構問題になりそうである。

本件は、他人のキャッシュカードやオンラインバンキングを使うことが問題になっているわけではない、誤って大金を振り込んでしまったので、返金して欲しい者がいるということであり、そういう人の気持ちを振り込まれた側の銀行が忖度することを法的にどう評価するかである。 

一般には虚偽とは、真実ではない場合をいうので、自己の正当な権限で送金した場合は含まないと考えそうである。不実というのも、事実ではないという場合に該当するので、自己の正当な権限で送金した場合は含まないと考えそうである。

とすると、電子計算機使用詐欺は成立しないというのが素直な解釈であり、今後の立法により解決すべしということになりそうである。

しかし、「不正な指令」は背景事情を含め総合的に考えると言う立場をとり、さらに、「不実」とは背景事情を知っていたら銀行が対応を拒否したかもしれない場合を広く含むとか「虚偽」は銀行が忖度できないような事情を広く含むという見解をとれば本件で電子計算機利用詐欺罪の成立が可能となる。

 

以上をふまえて私見である。

「不正」と「不実」は、機械の銀行職員やさらに向こうの誤振り込みしたおじさんかおばさんのお気持ちまで含めて総合衡量するという立場であれば罪の成立が可能かも知れない。しかし、そういうものまで虚偽とか不実に含めるのは構成要件を過度に曖昧にさせるので反対である。
 

電子計算機使用詐欺罪の成立を認める立場の方で、平成15年判決をパラレルにするという人が多いが、通知義務を認めながら通知しなかった点に欺罔を認めるのであれば、ATMで引き出して、振込人に手渡す行為も処罰の対象になりかねない。しかし、本件だけを有罪にする理屈を提示している人は皆無である。私は、平成15年最高裁を含めても、相手は機械なのだから誤った振込みがあった旨を通知すべき信義則上の義務なんてものは無いし、通知する方法はないと思っているので、電子計算機使用詐欺は成立しないという立場である。

そして、不可罰がおかしいというのであれば、立法で解決するのが民主主義であり法治国家と思っている。

 

ただ、血に飢えた刑事裁判所がそう考えるかは別の問題で、本件で電子計算機使用詐欺を認める可能性は高いと思っている。

 

で、この男性であるが、何百万円どころか自分の人生までベットしてのギャンブルになったようである。ただ、かなりのハイリスク・ローリターンということは否めない。

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