生殖腺の人権
生物学的な性別は男性であるが心理的な性別は女性である人が、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律に基づいて、性別の取扱いの変更を却下された事案で、最高裁大法廷(裁判長・戸倉三郎長官)は25日、生殖不能手術要件は個人の尊重を定めた憲法13条に反し、無効とする決定を出した。
性同一性障害というのは、ときどき話題になるが、奥が深い話すぎるので今回は説明を割愛する。
で、性同一性障害に対応するため、日本では「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」というのを作っている。
そこでは、性同一性障害とは、以下のように定められている。
(定義)
第二条 この法律において「性同一性障害者」とは、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という。)であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているものをいう。
そして、性同一性障害に対応して、心理学的な性に適合するように、家庭裁判所が、性別の取扱いの変更の審判をすることができることが定められている。
(性別の取扱いの変更の審判)
第三条 家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
一 十八歳以上であること。
二 現に婚姻をしていないこと。
三 現に未成年の子がいないこと。
四 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
2 前項の請求をするには、同項の性同一性障害者に係る前条の診断の結果並びに治療の経過及び結果その他の厚生労働省令で定める事項が記載された医師の診断書を提出しなければならない。
しかし、この要件、単に主観的な要件だけでは無く、婚姻要件や、客観的な大工事など求めており、結構ハードルが高い。
このうち、婚姻要件については、最高裁判所第二小法廷は令和2年3月11日に
異性間においてのみ婚姻が認められている現在の婚姻秩序に混乱を生じさせかねない等の配慮に基づくものとして、合理性を欠くものとはいえないから、国会の裁量権の範囲を逸脱するものということはできず、憲法13条、14条1項、24条に違反するものとはいえない。
と塩対応であった。
今回は、大工事未了の方に対して却下決定がなされた事案であるが、最高裁は、憲法13条違反を認めた。
最高裁は、13条について具体的人権性を認めた。
憲法13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定しているところ、自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由(以下、単に「身体への侵襲を受けない自由」という。)が、人格的生存に関わる重要な権利として、同条によって保障されていることは明らかである。
最高裁は、憲法13条によって、自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由が保障されているとした。最高裁は、肖像権やプライバシー権などでかなり微妙な言い方をしてきたが、最高裁が正面から憲法13条の具体的人権性を認めたのは初めてかもしれない。
本件規定が必要かつ合理的な制約を課すものとして憲法13条に適合するか否かについては、本件規定の目的のために制約が必要とされる程度と、制約される自由の内容及び性質、具体的な制約の態様及び程度等を較量して判断されるべきものと解するのが相当である。
最高裁は、憲法13条の合憲性判断基準については、アドホックバランシングを採用した。
アドホックバランシングを採用すると、親方日の丸のメンツと一個人の権利が比較されるので、負けというのが常道なのであるが、今回はそうならなかった。
そして、本件規定による身体への侵襲を受けない自由に対する制約は、上記のような医学的知見の進展に伴い、治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対し、身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度な身体的侵襲である生殖腺除去手術を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るものになったということができる。また、前記の本件規定の目的を達成するために、このような医学的にみて合理的関連性を欠く制約を課すことは、生殖能力の喪失を法令上の性別の取扱いを変更するための要件としない国が増加していることをも考慮すると、制約として過剰になっているというべきである。
と言う理由で生殖腺要件については憲法13条違反を認めた。
他方で、外観要件については、高裁で審理を尽くしていないという理由で破棄差し戻しとした。
とすると、大工事をしていない場合は、外観要件で却下という可能性も残っている。
今回の判決には、補足意見、反対意見が多数あり、
岡裁判官 補足意見 法改正においては立法裁量を合理的に行使してもらいたい。
三浦裁判官 反対意見 外観要件も憲法13条違反
草野裁判官 外観要件も憲法13条違反
宇賀裁判官 性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることは、幸福追求にとって不可欠であり、憲法13条で保障される基本的人権といえる。外観要件も憲法13条違反
このように、多くの裁判官が完全に一致しなかったことから、本件の背後の問題が難しいことがうかがわれる。それは、人の数だけ人格があるのに、法的な性は2つしかないことからくるのかもしれない。
今回の判決については立法の対応が不可欠である。ただ、福田村の村民みたいなマインドセットの人からの批判も多数ありそうであるので、立法は難航しそうである。今後の国会の対応に注目である。
ちなみに、最高裁が法令違憲を認めたのは、日本国憲法下で12件目であり、憲法13条違反を理由とする法令違憲はおそらく初である。
重い最高裁の扉をこじ開けたのは、𠮷田昌史、南和行という二人の弁護士である。
こういう事件の裏には、信念に従って闘いに身を投じる弁護士が必要なのである。
バイクで転けて杖をついていた姿からは想像できない格好いい姿であった。
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